ドイツ、リーフラー社の古い製図器 2

前の記事で、この時代のリーフラーのものは、まだそうした分岐(英式、独式)が生じる以前の、それもある面では両者のいいとこ取りともいえる手の込んだ作りになっています。と書きました。それが、一番端的に現れているのがこのデバイダーだと思います。

ドイツ、リーフラー社の古い(19世紀末から20世紀初頭)のデバイダー

下に、比較のため他の英式と独式のデバイダーの例をあげます。

英式デバイダー (ウチダ)

独式デバイダー、上・KERN(スイス)、下・HAFF(ドイツ)

これもまた前の記事で、実際の使い勝手という面では、独式の方が優れていると書いてしまいましたが、ことデバイダーに関しては英式の物の方が優れていると思います。と言うか独式には、そもそもまともなデバイダーというものはない。

デバイダーの用途は、寸法を移すことにあります。(名前の通り寸法を分割する機能もありますが、それはむしろ副次的なものであったと思います。それにその用途に特化した比例コンパスというものもあります。)CADであれば複写とか複線といった操作で簡単に出来る寸法の移動・複写というのは、機械製図の場合は、相応に手間のかかる作業になります。寸法を定規とか図面からいったん移したら簡単にずれてはダメですし、針先もグラつきのない安定したものであることが求められます。その意味で、英式のデバイダーは大変良く出来ています。脚の一方はその長さの半分くらいまでが鋼の針となりろう付けされ一体化されています。もう一方の脚は、針の鋼が途中で板状になり、本体に付けられたネジで開閉幅の微調整が可能です。それに対して、独式のデバイダーというのは単にコンパスの針の形状を変えただけのただの間に合わせように見えます。

独式デバイダーの針とその固定方法(上・KERN、下・HAFF)、いわゆる引き針式と同じ

あらためてこの古いリーフラーのデバイダーを見ます。部品の構成としては英式のそれに倣っています。針は洋白の脚部と一体化した鋼で、脚のクビレの所でろう付けされています。微調整用のネジの仕掛けはありませんし、後の独式のコンパスのようなハンドルの中心保持機構もありません。それでもハンドルを含めて4枚の洋白の極めて精緻な組みつけで、スムーズかつ安定した開閉が出来ます。もちろん脚部と一体化された鋼の針は充分な強度と安定性があります。なにより感心させられるのは、デバイダーに求められる機能・要素を満たしながら英式のような無骨なものでなく、こうしたエレガントな形にまとめあげたデザイン技量です。あの精緻きわまりないリーフラー時計の設計には、こうした道具こそふさわしい。

また、デバイダーはその役割から言って一度取った寸法は暫くは、場合によっては最後まで残さなければならないこともあるでしょう。すると複数のデバイダーが必要となります。一度崩した寸法は、なかなか正確に再現できないものです。このあたりは、木工具のケビキとよく似ています。木工を習い始めた頃、ケビキを崩すなとよく言われたものです。少し複雑な仕事の場合、複数のケビキを寸法を残したまま仕事を終えるようにするのが、現実的には一番間違いがないでしょう。墨のつけ忘れと言うのはよくあるものです。

セットを見ると、この小さなセットの中に3種類のデバイダーが入っています。その内の一つは穂替えコンパスですが、コンパス用の細い針をネジ止めした脚(穂)を代用するのではなく、2本のちゃんとしたデバイダーと同型の一体化した針があります。もうひとつはいわゆるスプリングコンパス型のデバイダーですが、これもよくあるのは、烏口、鉛筆、デバイダーの3種類がセットになったものですが、こちらはデバイダーのみという割り切り方です。このリーフラーのRound Systemは、墨入れ道具ではなく製図道具として極めて簡潔かつ合理的に構成されたものと言えます。

スプリングタイプのデバイダー。大きな鋼の針が付く。

セットの中の穂替えコンパス。延長用のバーと烏口を付けた状態。コンパス用の細い針のついた物(左脚に装着済)とは別に、デバイダー用の穂が2本用意されている(中の下2本)。

ドイツ、リーフラー社の古い製図器 1

ドイツ、リーフラー社の古い製図器セット

縁あって今、私の手元にあるドイツ・リーフラー社の古い製図器です。リーフラー社というと、リーフラー時計と呼ばれる世界最高峰の機械式時計を制作していた会社として知られています。リーフラー時計は、天文時計としてまた標準時の原器として、水晶発振子が実用化される1950年代まで日本を含む世界中で使われてきたそうです。リーフラー社は、現在も存続していて(riefler industry)、オフィス家具の製造・販売を行っているようですが、かつての世界に冠たる名門企業としてはいささか寂しい内容です。リーフラー社のウエブサイトは、ごく最近リニューアルされたようで、以下の記述はなくなりました。また英語への表示の切り替えも加わりました。(2017年4月18日)ウェブサイトもドイツ語のみです。その中の自社紹介のページÜber Unsを見ると、往年の栄光ある製品としてDIE GENAUESTE MECHANISCHE UHR DER WELT!(世界で最も正確な機械式時計)とならんで、Das Statussymbol des Ingenieurs(エンジニアのステイタスシンボルであり、 Zeitlose Eleganz(時代を超えたエレガンス)を持つ製図器をあげています。

「エレガンス」の極みとも言えるリーフラーの古いデバイダー

この製図器セットは、あとで検証するように100年以上前の19世紀に作られた物のようですが、たしかに今見ても極めてエレガントで美しい。古い製図器というと、HAFF(ドイツ)とか、KERN(スイス)、KEUFFEL&ESSER(米国)などにも機能美にあふれたうつくしいものがありますし、日本のウチダの英式の製図器なども私は好きです。しかしながら、その中でもこの骨董品とも言えるリーフラーのものは出色の出来だと思います。

製図器は、後にその形状や製作方法により、独式、英式のおもに二つの形式の分かれます(他に、仏式というものもあるようですが、これは英式の一種と考えても良さそうです)。この時代のリーフラーのものは、まだそうした分岐が生じる以前の、それもある面では両者のいいとこ取りともいえる手の込んだ作りになっています。

リーフラー社の古い烏口。1900年頃によく見られる形状のようだ。

突き針を内蔵している。

このセットに入った3種類の烏口。上から、細線用、中・太線用、穂替えコンパス用。いずれも丁番によってブレードが上下に開閉する。後に「英式」の典型とされる仕様。

たとえば、この烏口ですが、2枚のブレードが丁番によって上下に開閉します。これは、後に英式の烏口の典型とも言える形状になります。これに対して独式の烏口は横方向に開閉するか、あるいは2枚のブレードが固定された(割られた)ものになります。David M RichesさんのMathematical Instruments A private collectionの中のClemens Riefler のコレクションを見ると、リーフラー社がこうした上下開閉式のブレード(hinged nibs)を製造・販売していたのは、1920年代遅くとも30年代のはじめまでだったようです。こうした丁番による開閉の機構を持つ烏口というのは、20世紀はじめくらいまではドイツを含む各国で作られていたようです。たとえば、こちら(esser1900.pdf)で、Keuffel & Esser社(ニューヨーク)の1900年の製図器と測量器具の総合カタログを見ることができます。ここでも、烏口は2種類、開閉式(Pen with joint)と固定式(Pen without joint)が紹介されています。ここでは、後にドイツ式の典型とされる水平回転式ものはありません。

烏口4種。上から、HAFF社、HAFF社(太線用)、ウチダ英式(スタンレータイプ)、古いリーフラー社

それにしても、このKeuffel & Esserの大部のカタログはたいへん興味深い。当然英文ですが、カタログですから難しくはありません。製図器などに関心のある人には一読をおすすめします。CADに替わられる前の製図器全盛の時代の頃の道具は、すでにこの1900年にたいていは出揃っていたのだと感心させられます。たとえば、ドロップコンパスとか、比例コンバス、穂替え、小文廻しなどのコンパス類。または双曲線烏口や、3枚ブレードの太線烏口、2種類の破線烏口、文字用のルンドペンなどの墨入れ用の道具類。雲型定規や、三角スケールに計算尺。この手のものがすべてカタログに網羅されています。また、カタログには自社ブランドのパラゴンインスツルメンツ(コンパスの接合部にピボットと、ロックシステムがありそれをパテント化している)の他に、イングリシュ・インスツルメンツ(英式)、ジャーマン・インスツルメンツ(独式)、フレンチ・インスツルメンツ(仏式)などに分類・製品化されています。英式は、後の英式製図器そのものですが、独式のものも躯体は洋白だしセットの中には典型的な英式のデバイダーや穂替コンパスが入っているなど、その分類がよく分かりません。仏式にいたっては、たとえば英式と比べてどこが分類の基準なのかさっぱり不明です。

このKeuffel & Esserのカタログや、Mathematical Instruments A private collectionColledting ME.comDrawingなどの個人コレクションを拝見していると、まだ20世紀の初頭には製図器の様式は分岐しておらず産地や使用者の嗜好で、英国風(好み)、ドイツ風(好み)と呼ばれていただけのようにも思えます。その後、20世紀の工業化・2つの大戦を含む軍備拡張の中で、製図器の需要も爆発的に増え、生産の機械化・規格化が求められて、今日独式と呼ばれる形式のものが主流になっていったのだと思います。その中で、第2次大戦以降も英式の製図器をガラパゴス的に作り続けたのは日本くらいのようです。前記David M Richesさんは、そのサイトの中で、Drawing InstrumentsMajor makersとして地元の英国本国のメーカー4社を取り上げていますが、いずれも1930年代までには、traditinal patternをやめてflat pattern に代わったと書かれています。海外オークションを観察しても1950年代以降に作られた英式製図器というのは見当たりません。それならばなぜ日本でだけ英式の製図器が独式とともにCADに取って代わられる前まで作り続けられてきたのか、不思議な気がします。実際の使い勝手という面では、独式の方が優れているように思います。それに規格化されているおかげで、穂替えコンパスなど互換性があって、HAFFのものにウチダの烏口が嵌まりますし、製図ペンが普及するとアダプターを介して烏口の代わりに簡単に使えました。戦前の海軍と陸軍が独式と英式をそれぞれ採用していて、その不毛な縄張り意識が、戦後の教育・研究機関や役所、関連のメーカーにまで持ち越されたという説もあるようですが、ソースが不明だし、どうもいかにも話が上手く出来過ぎていて、にわかに信用する気になれません。ただ、洋白を手作業で削って整形し、丁番の嵌め合いを一つずつ調整しながら組み立てるという非能率だが精度を要求される仕事が、日本の町工場の仕事にマッチしていた。またそれを自分の商売道具として使うことに矜持を感じるような技術屋、設計士、トレーサーに支えられてきたとは考えられないでしょうか。そうすると、それは鉋や鑿、鋸といった日本で独自に発展した形の木工具が今も残って、それなりににしろ使われているのと通じるものがあるように思います。

京都・画箋堂ブランドの製図器セット(英式、中身はウチダ製)。抱き針式のコンパス類、スタンレータイプの烏口など、高級品(いわゆる「竹」ランク)。

定点観測 4

定点観測地点での、今年のサクラです。いずれの写真も左上隅と右下隅がケラレていますが、これはあわててレンズ(KOWA PROMINAR 8.5mm F2.8)のフードを付ける方向を間違えたためです。

4月12日(以下も同じ}、今年はサクラの開花が遅かった。
KOWA PROMINAR 8.5mm F2.8 / PEN E-P5

KOWA PROMINAR 8.5mm F2.8 / PEN E-P5

KOWA PROMINAR 8.5mm f2.8 / PEN E-P5


おまけの今年のサクラ。こちらも工房近くの海蔵川、通勤の道です。

KOWA PROMINAR 8.5mm f2.8 / PEN E-P5

KOWA PROMINAR 8.5mm f2.8 / PEN E-P5

KOWA PROMINAR 8.5mm f2.8 / PEN E-P5

定点観測 3

1月15日は、私の住む四日市は大雪でした。全国版のニュースでも四日市と広島の大雪が伝えられたほどでした。気象台の観測では、積雪20センチとの発表でしたが、実際に屋根や軒に積もった雪を見ると30センチから40センチほどもありました。

その日は神戸に向かうはずでした。熊本のボランティアの現場のリーダーであったカオリ隊長の教会のコンサートに、同じく熊本でお世話になった初穂さんもお見えになるとの事でした。夜勤明けの連れ合いと一緒に、これはぜひとも行かねばと準備していたのですが、結局断念しました。前日からの雪で市内や近辺の鉄道も間引き・大幅遅延となっており、なんとか脱出できても、まだ雪は振り続いており戻ってこれないだろうと判断したからです。

高々30センチや40センチの雪くらい雪国の人からみれば、なんてこともないのでしょう。私も京都に住んでいた頃は、これくらいの雪は何度か経験していますが、環境もインフラも対策されず、何より人が慣れていない地域では混乱します。かいた雪を処分もできない。私の家の前には、結局それから2週間ほども集めた雪が残っていました。

雪の中の定点観測地点の画像です。ただし、こんな天気と足もとの中、いつものKOWA PROMINAR 8.5mm F2.8を持ち出す気にもなれず、使い慣れたRICOH GXR A12 28mmです。画角は違いますが、こんな時はハンドリング優先です。そう言えば2011年の3月に、東北に向かった時もこのGXRを持って行きましたし、山に行く時もたいていはこのカメラでした。

1月16日 
RICOH GXR A12 28mm

1月16日
RICOH GXR A12 28mm

1月16日
RICOH GXR A12 28mm

1月17日
RICOH GXR A12 28mm


おまけ

1月16日 工房近くの海蔵川堤防
RICOH GXR A12 28mm