タローが太郎を呼んでくれた、と思いたい

四日市動物愛護団体つむぎさんによって保護・養育されていた太郎君を今日から連れて来てもらいました。推定年齢5〜6才、紀州犬(もしくはその雑種)、去勢雄、20Kg、おとなしいなかなかのイケメンです。とりあえず暫くはトライアル期間となりますが、もうこちらからお引き取り願うことはないでしょう。詳しくは後日。

若い、でかい、性格は若い時のタローに似ています。

マッチョだ!おとなしい奴だが、色々気をつけねば。

タローを火葬した

昼、仕事場から食事に戻っても物音もせず生き物の気配もない。それが随分味気ないものだと今さら分かった。連れ合いがこんなことを言います。

タローは一人ではどこへも出かけないから、いつもここに居てくれたんだ。

帰ってくると普通にタローが居て、場合によっては散歩や餌の催促でバタバタ音を立てたり鳴き声を出したりと反応していた。 当たり前のように思っていたが、それが得難い日常の慰藉(いしゃ)だったのだ。とくにここに戻って一人で母親の病院や施設に通い看取ったりもした5年あまりは、こいつがいなかったらどうなっていた事だろうかと思う。と、いい年をして若干のペットロス状態です。いや年をとったからか。

2016年4月22日、こう見ると小さかったが、飼い主がでかいからかそう見えるのか。
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3日にタローが死んで、翌日の4日の16時半(一応心肺停止24時間後)には市内のペット斎場で火葬しました。立会・骨上げもして他一切のオプションなしで20,000円(税込み)でした。市のクリーンセンター(清掃工場)に持ち込めば1,620円ですみますし、多くの人はそうしています。冷凍庫に安置して数がまとまった段階で焼却するとの事でした。もちろん骨上げなど出来ません。それでいいのですが、今回は色々思うことがあって個別火葬を謳う業者にお願いしました。骨上げの妙な作法(竹と木の箸で2方から挟んで壺に納める)を指示されない以外は人間の斎場と同じような段取りになります。次の5日の午前中には小屋や餌のトレイや残った餌やおやつ、晩年の薬や介護用品なども全て片付けました。骨をいつもの散歩道だった川沿いに散骨して、残りは庭に埋めてその上に金柑の苗木を植えて弔いとしました。人間の場合は、四十九日を過ぎてとなるのですが、要らぬしがらみも不要不急なものも持たない犬の場合はなるだけ早く簡素にすませるのがふさわしいと思います。家の中での折々の静寂を逆に不自然に思い寂しさを募らせますが、それにも暫くすれば慣れることでしょう。

タローが死んだ

我が家の高齢雑種犬・タローが今日の午後4時頃に死にました。16歳と4ヶ月にわずかに足りない、今時の飼い犬としては平均的な寿命だったのでしょう。

2017年11月1日。近所の空き地。もう歩けなくなっていたが暫し日に当てるために連れ出していた。
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昨晩、臭いのきつい軟便(宿便)を出し、今朝がたは最後と思われる尿をだしたばかりでした。もともと何によらず手のかからない奴でしたが、最後もあっさりと逝ってくれました。ただ夜勤に出た連れ合いが戻るまで待っていて欲しかったとは思いますが、雄とか男は無理に頑張らないものかな。長い距離の散歩が出来なくなって1年余、自力歩行が出来なくなってほぼ4ヶ月、自分で寝返りも出来ないような寝たきり状態になり、摂食も排便も介助が必要になって約2週間、最後に餌を食べて2日(一昨日の夜)、最後に水を飲んで1日(昨日の朝)でした。ちゃんと死ぬ兆候を順に示してくれたおかげで、こちらも心構えと必要な準備も出来ていました。明日、息を引き取ってからちょうど24時間後くらいの時間に火葬してもらいます。元気で毎朝夜明け前(季節により5時から6時)散歩の催促にガサガサ暴れ出した頃から、要介護状態になった最近まで、生活のリズムとはりのようなものを与え続けてくれていました。最近の食事や排泄の介助も慣れてくると、よりスキンシップ的な近い関係のように思われて、それはそれで楽しくなってきていました。

もともと父親がこの家で飼いはじめた犬でした。父親が亡くなって私がこの家に戻ってきて8年ほどを一緒に過ごしたことになります。連れ合いとは2年余り。この家では、タローが近所の間では一番の古株になります。 散歩のおりの声かけとか、以前から繰り返して父親も私も困らせた脱走騒動の思い出話とかで、近所の人たちとも仲良くしてもらうようになりました。このあたりは、中野孝次さんが『ハラスのいた日々』に描かれていた通りでした。

失くした画像ファイルが出てきた

11月2日は父親の、19日は母親の命日でした。それぞれ8年目と4年目になります。一昨年は7回忌と3回忌の法要を合わせて行い、兄弟とごく親しい親族それに母親の友人にだけ集まってもらいました。

もう10年以上使っているWindows XPのパソコンを入れ替えました。替えたといっても2,980円(+送料800円)の中古パソコンでWindows 7pro・ドライブなし・リカバリーCD付きというものです。どうせ仕事の伝票や葉書・ラベルの印刷とjw_cadくらいしか使わないので、それで充分なのです。私はマイクロソフトもアップルも色々な意味で全く信用していないし、こんなグローバリズムの代表のような企業の製品を自分のメインの道具(コンピュータ)として使う気になれません。

それで古いXPのディスクを整理していたら失くした思っていた画像ファイルを見つけました。印刷のためメインのパソコンからコピーしていたのだと思います。今はLinuxでも普通に印刷は出来ますが、色々と印刷の細かい設定はWindowsの方がやりやすい。これはまあOSのシェアから言って仕方がない。むしろプリンター各社がよくLinux用のドライバーを公開してくれていると思います。出てきたファイルがこれです。2012年4月10日、実家の近くの海蔵川に伯母と母親と私の3人で花見に出かけたおりの写真です(こうした場合、デジカメのExifデータというのは本当に便利です)。老婆の写真など見たくもないと思われるでしょうが、ブログなんて半分以上は自己満足と備忘録のようなものと思って容赦ください。車椅子に乗っているのが母親で、それを押しているのが伯母です。この頃は母親はもう介護施設に入所していました。伯母に頼んで海苔巻きなど弁当を作ってもらって、施設から連れ出しました。もう認知症のかなり進んでいた母親は、こんないい所、初めて来たとか繰り返しながら、たいへん喜んでいました。

車椅子の母親とそれを押す伯母

海蔵川、2012年4月10日

いずれも、NIKON1 V1

この写真を撮った翌年の11月に母親は亡くなっています。痩せて老いさらばえてはいますが、まだこの頃は死相のようなものは現れていません。翌年の4月には、その前月の圧迫骨折の影響もあって花見どころではありませんでした。仕方なく施設の近くの公園の桜まで連れだしたのですが、痛がって早く帰りたがるばかりでした。その時来てくれていた兄と弟にもう年内もたないかもしれないと言ったのを覚えています。そして実際そうなりました。伯母もこの4年後の3月に亡くなるのですが、この頃はまだ元気で妹の車椅子を押して歩くことも出来たのだと感慨深くなります。二人は色々と確執めいたものもあったと子供ながら多少は見知ってきました。でも最後の写真を今見ると、3年程の月日の経過はありますが、老いた姉妹が二人して花のトンネルを抜けて別の世界に逝ってしまったのだと思えてしまいます。

『朝日』の記事がひどい!
教科書の文章がピンチ、それが理解できない?『朝日』の記者・編集者に日本語やその読解力を語る資格はない

11月7日付けの朝日新聞デジタルの記事、教科書の文章、理解できる?中高生の読解力がピンチを読んで腹がたって仕方がない。

この『朝日』の記事を一読してその主旨に納得し賛同したとしたら、あなたも相当にピンチなイヤな中高年になっています。よく言われる今の若者は・・・の無自覚で無責任なオヤジの一人だと言う事です。

まずは、この記事に引用されている4つの教科書の文章は、いずれもひどい悪文です。理解しにくい、誤読しやすい文章です。あえて言うなら良く試験の5択問題(誤っているものを選べ)にある引っ掛け回答、つまりわざと間違いやすく誤読しやすように書かれた文章のようですらあります。具体的に見てきます。

最初に、記事の冒頭にあるメジャーリーグ選手の出身国の内訳の記述です。

朝日新聞デジタル11月7日付け

メジャーリーグの選手のうち28%はアメリカ合衆国以外の出身の選手であるが、その出身国を見ると、ドミニカ共和国が最も多くおよそ35%である。

単純に文章として読んでみても、選手という言葉が重複して使われて煩わしい。ここは、アメリカ合衆国以外の出身である。として、句点で区切ったほうがはるかにすっきりした分かりやすい文章になると思う。その点はまあ置いておく。この文章は、文章自体の論理からいうと、問に対する答えは特定出来ない。つまりその出身国そのが、メジャーリーグの選手をさすのか、アメリカ合衆国以外の出身の選手をさすのか、判別できない。28%と35%という数字の大小の包含関係からそのが、 アメリカ合衆国以外の出身の選手をさしているのが分かる。ちなみにこの35%を10%と換えてみると、これはどちらとも解釈可能になる。つまり、そのメジャーリーグの選手として、メジャーリーグではアメリカ合州国出身の選手が72%、ドミニカ共和国出身が10%、その他の出身の選手が18%と読んでも理解としては、正しい。少なくとも間違った読み方とは言えない。正答の②の図とも合うしね。文章が悪いのだ。

多少譲って、これはそうした数字などコンテンツの分析も含んだ読解の問題なのだと言われるかもしれない。だが、この元の教科書は『中学生の地理』なのだ。アメリカ合州国の野球選手の出身地が多様化しているということを伝えるのが主題だろう。そうであれば、より論旨明確に分かりやすく伝える書き方がある。たとえば、下のように合衆国以外の選手全体のというフレーズを加えるだけで、はるかに分かりやすくなる。

メジャーリーグの選手のうち28%はアメリカ合衆国以外の出身の選手である。その出身国を見ると、ドミニカ共和国が最も多く合衆国以外の選手全体のおよそ35%である。


2番めの『新しい社会 歴史』から引用された文章も、読点の打ち方がデタラメで下手をするといかようのも解釈可能な酷い悪文だが、設問自体が下劣でここでは省く


3番目の文章も酷い。どうも英語の教科書か副読本の引用のようだが、こんな文章である。

Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexasandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。

ここから、Alexandraの愛称は( )である。という設問に4択で答えさせている。答えはAlexなのだが、ここでは、文章(質問者)自体に言葉の定義に問題がある。通常の日本の概念から言えば、名前で、この場合では、AlexandraAlexanderが、それにあたる。それに対してAlexは、愛称でしょう。ところが、Alexは・・・名前で、・・・愛称で、・・・愛称でと文章自体に言葉の定義の不一致があって、その事で回答にためらいが出てくる。これも意図的にしているとすると、野球選手の出身の問題と一緒で、一種の引っかけ問題(受験者を間違わせるための設問)のようだ。


最後の『地理』の教科書からの問題例ですが、これはもう言葉を失います。読点乱用でまともな日本語になっていません。試しに読んでみて下さい。

仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。

これは、並列して書かれている名詞(地域名)の間を読点ではなく・(ナカグロ)とすればまだなんとか読むことはできる。

仏教は東南アジア・東アジアに、キリスト教はヨーロッパ・南北アメリカ・オセアニアに、イスラム教は北アフリカ・西アジア・中央アジア・東南アジアにおもに広がっている。

こんな酷い文章が教科書で、それをまた天下の公器たる大新聞の記者が無批判に引用して中高生の読解力がと表題をつけて載せているのですから、情けない限りです。お前も朝日新聞の記者なら、大先輩の本多勝一の書いた『日本語の作文技術』でも一度読んでみたらどうか。そこには、読点のことも詳しく書かれている。その程度の基本的文献も読まずに駄文・悪文を書きなぐって金をもらっているのか。

この朝日の記事を読んでまず思ったのは、こんな酷い文章の教科書を今の中高生たちは与えられているのかという事です。そしてそれを元にしたここにある設問が、これも破廉恥と言うレベルで酷い。読解力を試すというより、よくある引っ掛け問題で受験者を間違わせるための設問です。こんな仕打ちをされて、教科書の文章、理解できる?中高生の読解力がピンチなどと言われる今の中高生がかわいそうですし、ひたすら申し訳なくなります。それにこの体言止めのネット用語のようなゲレツな表題も気分が悪い。これが平気になっているとしたら、もうあなたの言葉の感覚は、汚いネット言語に相当麻痺させられていると思います。子どもたちも、こんな表題や記事を書いたり載せたりする奴に読解力などと言われたくないですよね。


よくゆとり世代が〜と言われます。それに先行する教育課程を履修した人間が若い世代を侮蔑するのに使われているようです。これなど、年寄りの定番の今の若いものはと同じ事です。この記事に引用された教科書やそれに基づく設問をこうして読まされると、ゆとり呼ばわりしているそうした50代の連中を共通1次・センター試験世代と呼びたくなります。こうした誤読させる間違わせるための文書を解読するのが、読解力であり、それをもとにした引っかけ問題の罠をくぐり抜けてきた要領だけの良い人間が評価されている。そうした連中が、自分のくぐってきた不毛な罠を下の世代にも強要して、それを上手くこなせない当たり前の感覚に対して罵倒を浴びせている。そのようにしか思えません。

第69回 正倉院展に行ってきました  1

公開講座・『正倉院の鏡』

第69回正倉院展に行ってきました。最近は、会期中に3回ほど行われる公開講座を受講してから閲覧するようにしています。この公開講座は、おもに奈良国立博物館の学芸部研究員が担当して、それぞれの専門分野の最新の成果を紹介してくれています。毎回よく出来たレジュメとプレゼンテーション、時間配分もほぼ完璧になされています。入念な準備に加え、おそらくリハーサルもされているものと思います。こうした講座の場合、現役の若い学芸員などの担当するものは、有意義で面白いものが多い。それに対して、館長とか、所長とか、名誉なにがしといった年寄りのものは、概して冗長で内容がなく下らないものになりがちです。もう第一線の研究に対する関心も緊張感もなく、惰性と昔の研究の記憶やプライドだけしかないのと、その割にはまわりから持ち上げられてしまうからでしょう。


昨年、名古屋市美術館の藤田嗣治展に合わせて開かれた講演会はひどいものでした。私が行ったのは、副館長の深谷某という人間の番でした。ダラダラと藤田の縁戚関係とかエピソードが語られます。それもたいていは藤田の甥の蘆原 英了や、『評伝』を書いた読売新聞の田中穣の本にある内容です。それで、この調子で続けると予定した内容の半分も終わらない云々という言い訳兼ウケ狙いの戯言を5回以上も繰り返していたでしょうか。結局なにが言いたいのか話の主旨もわからないまま終わりました。まったくの時間の無駄でした。結局この御仁はまともな準備もしないまま話をした無責任野郎か、根っからのウツケのどちらかでしょう。


正倉院展の公開講座に戻ります。11月4日は、中川あやさんという研究員の『正倉院の鏡』と題する講座でした。後で調べると京大の文学部と修士課程を修了した39歳の気鋭の才媛でした。良く出来た懇切丁寧なレジュメ・プレゼンと論旨明瞭、滑舌良好なお話しぶりで惹きつけられます。正倉院のそれぞれ北倉と南倉に収められた鏡を唐で製作されたものか、日本で製作されたものか、前者であればその年代と持ち帰られた遣唐使の推定などを史料をもとに推測・分類されます。北倉に収められたものは、ほとんどが唐製の最新のものであるとして、その理由をあげられます。まだ活字には出来ないがとして、桓武天皇や光明皇后が新しいもの好き、舶来品好きだったのでは、とユーモアを混じえて話されていました。これまで漠然と見てきた正倉院の鏡ですが、そうした由来なども頭に見るとまた新鮮な驚きと感慨があります。

それと、当時の日本製の鏡は、唐のそれと似せようとして頑張ったが残念!違うというものだったと具体的なデザインなどの例をあげて説明されていました。この時代に限らない中国の文化への模倣の長い歴史を考えると、ごく最近の中国のコピー商品をあげつらって民度やら国民性まで云々するのは恥ずかしいことだとあらためて思います。

期日前投票に行ってきました (2017衆)

本日の我が家

 

  • 比例区 社民党
  • 少選挙区(三重3区) 野村まさひろ(共産党)
  • 最高裁裁判官国民審査 全員✘

 

私の投票行動は以上の通りです。22日(日)に仕事が入る可能性があるのと、もうこれ以上ろくでもない選挙報道など見たくもない。それで早々と期日前投票に行ってきました。

ふたたび、『あたらしい憲法のはなし』について

  • 『あたらしい憲法のはなし』 文部省

  • 『あたらしい憲法のはなし』について

  • 『あたらしい憲法のはなし』のオンライン・ドキュメント 2005年1月付け記事

  • 今から、12年前の2005年1月に私のホームページに載せた記事とドキュメントの紹介です。小泉純一郎、神崎武法らによってイラクへの自衛隊派兵がなされ、憲法改正が画策されたことに危機感を持ってアップしたものです。今、安倍晋三、山口那津男、小池百合子、松井一郎・橋下徹、そうしたゴロツキのような連中によって私たちの憲法が、本当に台無しにされようとしています。この『あたらしい憲法のはなし』には、戦争で負けた日本人が、どんな思いで憲法を作ったか、そして守ろうとしたかが平易な言葉で、でも強く書かれています。あらためて、もう一度読んで欲しい。広めて欲しいと思います。

    この12年前の『あたらしい憲法のはなし』についてでも書きましたが、今も、オンラインのドキュメントとしてルビをふったものは、残念ながら他にないようです。今なら、国内にたくさんいる外国人労働者やその家族に読んでもらうためにもルビは有用です。よく誤解というか歪曲されていますが、日本国憲法は、国民だけの権利を定めたものではありません。多くの条項は、その主語を何人もとされています。また特に主語を定めていない条項もそれに準じるものです。日本国憲法施行下にある人は、何人もその権利を知らされ、守られなくてはなりません。もちろん不法滞在者も含む在日外国人も、有事に逃れてくるであろう難民もその対象になります。それを、はなから射殺云々と言い放つ人間が副首相というのですから、本当におぞましい限りです。

    ちゃんとしたHTMLで、ルビをふるのは今でも相応に面倒な作業です。あらためて、このドキュメント(ruby要素つきHTMLソース)は自由に使ってもらって構いません。リンクはもちろん、コピーして自分のサイトやローカルディスクの保存などの、2次配布、3次配布も、商業利用も歓迎です。あえて言えば、 GPL に準じるものと考えています。これは、要するに先にあげたような、どんな利用も可能だが、それにあらたにクローズドなライセンスを被せるのは許さないと言う事です。

    HTMLのソース(マークアップされたもと言語)をダウンロードするには、下のリンクを右クリックして、名前を付けてリンク先を保存(Firefoxの場合)などお使いのブラウザに合わせて操作して下さい。上のリンクでも同様の操作で出来ます。詳しくは、『あたらしい憲法のはなし』についてにも書いてあります。

    『あたらしい憲法のはなし』 文部省


    GPLについてのリンク

  • GNU General Public License (原文)
  • GNU一般公衆ライセンス (日本語訳)