駒井哲郎さんの事 4 ギャラリー椅子の仕様

5ミリのペーパーコードを480x430ミリの座に張る。平織りで下も編んで1脚あたり150メートルを使った。

和室ギャラリーに置く椅子は、畳の床に合わせて畳摺をつけることと座はペーパーコードにすることが条件でした。ペーパーコードで座を張るには椅子の幕板に隅木(関西ではネコと言う)で補強することができません。平織りで釘で折り返すやり方をすれば隅木をつけることも可能ですが、見えない部分とは言え釘をかなりの数打ち付けるやり方はスマートとは言えません。サイド方向ではアームとか畳摺がつくのでラーメン(枠)構造的に組めるので、ヌキで不細工に補強する必要はありませんが、組み方には相応に神経を使います。2枚ホゾにする。部分的に通しホゾにする。ホゾに薬研な溝を彫るといった対応をとりました。今ならこうした椅子でも平気でダボを使い強力な接着剤を使ってよしとするのでしょう。でも私は今「作家」とか「木工家」先生たちに持てはやされている(というか大手メーカーの後追いをしているだけのように見えます。)ああした接着剤を使う気になれないのです。それは、ひとつはそれらの接着剤がいかにも健康に悪そうに思えるのと、さらに10年単位でみた場合の経年変化が保証されていないのではという不信感が消えないからです。

では、どんな接着剤を使っているのかですが、それはまた別の記事にします。

接合は2枚ホゾ、2段ホゾ、通しホゾの組み合わせ。


ホゾに薬研状の溝を彫る。赤鉛筆は写真撮影のため。

PCBはかつては理想の特性を持った絶縁材料とされていました。それにアスベストもかつては理想の断熱材ともてはやされたものです。一時は家を毒の固まりのようなものにした新建材と言われるものもそうです。そうしたことをリアルタイムで経験している私は、こうした新規な化学物質を高性能だからといって使う気になれないのです。それにこうした安易に接着剤に頼ったやり方が、確実に若い「木工家」のスキルを低下させています。われわれロートル世代くらいはこうした安直な傾向に棹さし(あらが)ていったほうが良いと思っています。ちなみに私は今急速に普及しているLEDに関しても強い不信感を持っています。何の根拠もないのですが、生まれた時からLEDによる照明・スマホ他ディスプレイなどに晒されている世代の視力が、ある時期・年代から急速に破壊されるという可能性だって捨て切れません。まあこんなことは、写真に撮られると寿命が縮まるといった類いの杞憂に終わるような気もします。それでも充分には安全性が保証されたとは言えない技術・製品に一斉に切り替える事にはやはりためらいがあります。

駒井哲郎さんの事 2

仕事の打ち合わせもそこそこに、飾られている絵について色々と尋ねました。いずれも立派な絵(版画)ですがどなたの作品でしょうと不躾に聞くと、義父の作品で名前は駒井哲郎とお答えになります。収納庫にある他の作品や画集や著作なども拝見しました。他に細々した質問を繰り返すなかで、ご子息(依頼者の夫)にも加わって頂きました。戦前に東京美術学校(現東京藝大)で学ばれ、晩年には母校の教壇にも立たれていた事。大岡信の最初の作品や大江健三郎や埴谷雄高の装丁や挿絵も手がけられている事。それに残された作品自体が戦後日本の洋版画(エッチング・リト)の唯一無二の高みにそびえている。以前見た『月映』の田中恭吉や藤森静雄・恩地孝四郎の作品と同じ静謐な清々しさを感じました。

駒井哲郎さんが装丁、また挿絵を描いた書籍

もうエディションの付けられた作品はご家族の手元になく、画材や資料の類も世田谷美術館にすべて寄贈してあるそうです。著作権も管理団体に任せてあるとの事ですが、今でも哲郎さんの作品を装丁や挿絵などに使いたいという相談もある。ギャラリーはそうした場としても使いたい意向で、そのためには椅子も必要となるとお考えになったそうです。

駒井邸和室ギャラリー椅子のパーツ。前後脚とアーム・幕板。下は実寸図面。

同パーツ。アーム、前後幕板、背もたれ。こうして実寸図の上に並べてとり合いを確認する。

駒井哲郎さんの事 1

今年最後の仕事のひとつになる椅子です。和室の小さいが瀟洒なギャラリーのためのものです。そのギャラリーに飾られる絵は、駒井哲郎さんという版画家の作品です。私は不明にして存じあげなかったのですが、戦後の日本を代表する洋版画の大家ともいえる人です。

畳ずりのついたアームチェア。座にはペーパーコードを張る。

夏に横浜に住む高齢の叔母を訪ねました。ちょうど東京世田谷在住の人から仕事の問い合わせを頂いていました。家を新築するにあたって小さな和室のギャラリーを作ったそうですが、その部屋に合う椅子が欲しいという事でした。その新しいギャラリーの写真は、事前にメールで送っていただいていました。まだ、何も展示されていない状態の写真でした。打ち合わせは、そのギャラリーで依頼を頂いた奥様と向かいあってお話をさせていただきます。壁には、エッチングと思われる版画が何点か掛けられています。実は、お話をさせて頂いている間から、その絵がずっと気になっていました。素人が慰みに描いた絵ではない。しっかりと鍛錬を積んだ確かな技量を持った画家が精力と魂を込めた作品であることは凡庸な私の目でも分かりました。

11年前に作った厨子

11年前に作った厨子を補修して収めてきました。大阪の開業医を営むお宅ですが、その先代のお父様の位牌を納めるために作らせてもらいました。幅・800ミリの板に留端嵌(とめはしばめ)を付けるというのは、金具で補強してあってもやはり無理がありました。板側の留の部分で亀裂が入るというお粗末でした。端嵌の留部分を若干切り落として、亀裂を漆糊で埋めて、全体に拭漆を施し直しました。鉄筋コンクリート造りの医院の階上に置かれています。空調などすべて無垢板の家具にとっては厳しい条件ですが、その他に不具合はなく拭漆というのは無垢板の家具を保護・装飾するには優秀な方法だとあらためて思いました。

拭漆タモ造の厨子。
間口・1350x奥行き800x高さ・1440ミリ

4枚の開き戸は、1枚の板を割って使っています。作家先生の大好きなブックマッチではありません。あれはなんだか鯵の開きか動物のファーのような野蛮な趣味で好きではありません(鯵の開きは食品としては大好きです)。それに必ず片方が木裏使いになってしまい、日本の木工の伝統からはご法度なやり方です。

上(位牌を納める本体)は独立しています。

台湾の木工書・『木工職人 基礎手工具』 
その2 目を通してみた

この『木工職人 基礎手工具』は、運営する木工学校の教科書として編集されたようだ。最専業的木工学習環境と謳っており、サイトの写真だけ眺めても本格的な実技講習をしているように見える。 この本は、その手始めとして基礎手工具としての鑿、鉋、鋸などの使い方、研ぎ方などを解説している。これらの道具は、あらかた日本のものかそれに倣ったもののようだ。

概略は、販売サイトから見ることが出来る。→ 【限時特売】<木工職人基礎手工具>書

表紙カバーの折り返しに、研ぎ角度確認用の切り込みがある。

さっと目を通してみたが、非常によく出来ていると思った。まずは表紙カバーの折り返しに刻まれた角度定規に目が行く。洒落たアイデアだ。教科書としていつも講習や作業の際の手元に置いておき、鑿や鉋の研ぎ角をチェックできる。私自身も、木工をはじめた頃に、25度、30度、35度の切れ込みを入れた定規を2.3ミリの合板で作ってそれを目安にしていた。日本の30年ほども前からのバブリーとも言えた木工雑誌や数多の技法書の類で、こうしたものを見た覚えがない。厚紙の付録にでもすれば簡単に出来ただろうに。こうした雑誌や、書籍の編集者や出版元の目線がどこにあったのかが、いまさら伺いしれるような気がする。以下、他に気がついた点のいくつか書いてみる。

鑿の裏の研ぎをイラストで解説

図版と、写真の使い方がよく考えられている。この点は、私も使った日本の職業訓練校の教科書やいま市中に出回っている木工の技法書のおざなりさとは大違いだ。初心者が悩んだり躓くであろう事が、イラストで説明されている。たとえば、このページでは鑿の裏の研ぎ方について解説されている。この鑿の裏の研ぎというのは、意外に難しい(鉋もそうだが)。油断をするとすぐに瓢箪形になったりベタ裏になったりする。鑿の裏は定規であり、その平面維持が仕事の精度や品格に直結する。この点に関しては、以前にホームページに書いたことがある。

鉋の紐裏・鑿も紐裏

ちなみに鑿の裏研ぎが難しいというのは、とある銘品の鑿の展示をみても思った。これは、神戸の竹中大工道具館に所蔵展示されている善作の鑿。村松貞治郎さんの『道具曼荼羅』でも紹介されている。村松さんの本では、表の画像ばかりが載せられていたので、裏は初めて見た。これは東京の名人といわれた野村棟梁の所有していたもので、棟梁がいかにその鑿を大事に扱っていたかは、本の中のエピソードでも語られている。それにしても残念な状態になってしまっている。あるいは、棟梁の手からこちらに寄贈される前に誰かヤクザな人間に扱われてしまったか、ここでの手入れや研ぎがひどいのか。村松さんの本の写真と比べると、表や刃先もダレたひどい状態になっているから、棟梁の扱いのゆえとは思いたくない。

竹中大工道具館に展示の「善作」の鑿・裏

同じく「善作」の鑿・表

ここには、千代鶴是秀さんの打った組鑿も展示されている。これを大阪の大工が購入した際のエピソードが東京の土田さんよって伝えられている伝説化された銘品(だそうだ)。その大工の死後、アマチュアの好事家の手など経てここに来たらしい。やはり残念な姿だった。なんというか、これで仕事をする或いは仕事をしてきたという凛とした緊張感漂うようなたたずまいがない。よくテキ屋の店頭に並ぶ古道具の、適当にサンダーかペーパーをかけて錆だけは落としましたという風情だ。こちらも経緯は不明だが、道具というのは実際に仕事に使われなくなるとこうなってしまうのかな。なお、竹中大工道具館では他の入場者の迷惑にならない範囲での撮影は許されている。当然ながら、言われなくとも三脚やフラッシュはダメというくらいの常識は持ちたい。


手工具を使った実際の工作方法も書かれている。日本式の鉋を押して使っているのは、ご愛嬌としても、これは、まあアマチュアのやり方の解説になっている。ホゾや胴付を遊びを取って加工して、鑿で仕上げ・修正するように書かれている。こんなことは昔の親方に見られたら、それこそ玄能が飛んできそうな内容だが、それはまた別に書こうと思います。それと、鑿を使った穴の穿ち方も、書かれているのは大工式のやり方で、この辺りも混乱が見られて、最専業的木工学習環境を謳う教科書としては少しさびしい気がする。

『木工職人』のホゾ加工のページ

同じく鑿による穴あけのページ

そういう気になる点は、多々ありながら、とてもよく出来た教科書であることは間違いない。各工程の説明につけられたイラストは、分かりやすくとてもよく出来ている。一方で、日本の職業訓練校用の教科書は、相変わらず古いあまり上等とも分かりやすいとも思えない図版を何十年も使いまわしている状態だ。各地にあるあまたの職業能力開発協会という厚労省の役人の天下り組織は何をやっているのだろう。他方、市販の木工本は、どこかの道具屋や特定の鍛冶の宣伝用カタログのような代物ばかりだ。『○○大全』とか銘打った道具や木工の本が出されるたびにがっかりさせられる。

もうね。かつての半導体や家電がそうであったように、こうした木材の工芸的な技能や職能も台湾や他のアジアの国や地域に奪われていく。それで、インチキな手作りコピーと、薄さ何ミクロンの鉋屑といった非生産的で無益なお遊びだけが残っていく。それも近い、というかもうすでにそうなっているのかと考えさせられます。

台湾の木工書・『木工職人 基礎手工具』 
その1 買ってみた

阿部藏之さんのブログで紹介されていた台湾の木工の教科書が面白そうだったので取り寄せてみた。

台湾の木工書その名も『木工職人 基礎手工具』。発注から20日足らずで着いた。

台湾から物を買ったことがなかったが、出版元(?)のMUGOのショップサイト・MUGO 木工職人からたどっていくと、オンラインでも購入できそうだ。中国語もよくわからないが、漢字から類推していって何とかなった。そうか携帯電話のことを手機というのか、とかなかなか面白い。購入の具体的な手続きに関しては、あちらから英語のメールが来たので助かった。やりとりの具体的内容は省くが、こうした場合は、いい恰好せずに、たどたどしく発信するほうが良い。そうすれば、向こうもこちらの英語力を察して書いてくれる。

発送の方法と料金に関して多少のやり取りをした。最初、S.F.Expressという中国本土の物流会社を使って日本円で4,000円以上かかるが良いかとメールにあった。いくらなんでも4,000円は高い。それは、商品代金含めた値段かと問い合わせると、送料だけだとのこと。このS.F.Expressのサイトを見ると、スタンダードとエコノミーという2つのタイプがあるが、別に急がないからエコノミーにするか、他の発送方法はないかと尋ねる。すると、Chunghwa Post Co., Ltd. つまり中華郵政(台湾の郵便局)であれば300NT$(台湾ドル)で発送できると返事が来る。それでもまだ少々高い気がするが、まあ常識的範囲なので、それでお願いする。

9月7日にオンラインで注文して、上記のようなやりとりを経て17日に出荷したと連絡があり、昨日25日に書留扱いで着いた。高いと思った送料だが、書留ならこんなものか。安全さ確実さを優先させたのだろう。カード決済の結果は以下の通り。本自体は、定価・450NT$(台湾ドル・元)が、356NT$となっていた。税金の関係かと思ったが、オンラインの値段もはなから356NT$になっていた。

  • 『木工職人 基礎手工具』 NT$ 356(台湾ドル・元) → 1,320円
  • 送料 NT$ 300(台湾ドル・元)→ 1,123円

別に送料の件もぼったくろうという意図もなく、またメールのやりとりの間隔(こちらはなるだけ即日に返信しているが、あちらからは2~3日かかる)などみても、まだこの会社は若い会社で、台湾域内がメインで、中国本土とか中国語圏以外への発送など実績がないのかなとも思う。それでも誠意を持って対応してくれたと感じた。これがまだ玉石混淆でいっぱいスパムの飛んでくる中国本土の会社だったら、怖くてカード決済の取引などしていないでしょう。興味のある人は購入してみても良いかと思います。本の中身については、また次にします。

京都に納品、三月書房に寄る

日曜日は、京都に納品でした。ここ何年か仕事をいただくリピーターのお客さんです。今回は高座椅子で、宅配便での発送も出来たのですが、毎回お邪魔すると美味しいお酒とか気の利いたお菓子などいただくので、それが楽しみでもあり直接届けました。

こうした椅子は、お寺の法事の際などによく見かけるようになりました。畳とかフローリングで、慣れた座の生活を続けたい。ただ膝の負担が年々気になってくるという人のために、こうした高座椅子の需要は増えるように思います。

幅は、立派な体格のお客さんに合わせて57センチ。頑丈に組んであります。座の高さ、全体の高さは、お客さんんの指示で19センチと35センチ。メイプル、クリ、牛革。

少しだけ世間話をして、道が込まない早いうちに帰らせてもらいました。週末は、いつも新名神の亀山ジャンクションあたりから大変な渋滞になるのです。それでも多少時間があるので、久しぶりに寺町二条の三月書房に寄りました。この書店については、前にも少し書きました。学生の頃から折を見て通っていました。2間間口の小さな町の本屋という風情ですが、その品揃えが独特というか、硬派な主張が感じられます。たとえば、アナーキズム関連の書籍と雑誌、演劇・映画・コミック関係、様々な詩集・歌集・句集、民俗学関係、ファッションではない建築の本、ある種の政治・社会問題の本、など私の知る40余年そのポリシーは変わっていないように思います。私も、京都にいた頃に、白水社の古い版のブレヒト戯曲集とか、ベケットの1冊版の戯曲全集、ちくま文庫の柳田邦男全集の内の何冊か、それと中公文庫の折口信夫全集の何冊か、そんなものを買っていました。それから東京水平社関係とかアナキズム関連の書籍とか、ここでしか見たことのないものも買っていたなあ。あの小さい書店に、柳田とか折口の全集を全巻揃えてあって、それを分売してくれていました。大手書店はもちろん、大学の生協の書店でも後年はそうした対応をしてくれなかったように思います。それで、比較的売れ筋のような本でも、気になった本は、ここで買うようにしていました。

こうした本屋で、様々な本に囲まれ、その背表紙を眺めながら、そして気になった幾冊かを手にして目を通す。図書館とはまた少し違った幸せな時間です。休日ということもあってか、狭い店内に他にも3人のお客さんがいました。麻のシャツをザックリとまとった初老の男性、白いブラウスにデニムのスカートの自然な白髪の40代くらいかと思われる女性、もうひとり普通にジーンズにポロシャツの若い女性は、ずっと詩集のコーナーで、おそらくは誰かの詩集を読みふけっています。

そこへ、何十年か前のゴルフウェアのような妙ないでたちの60代も後半とおぼしき男性が2人入ってきます。あ、あったとかいいながらコミックのコーナーへ。そこでやれ、つげ義春がどうの、ガロが、カウンターカルチャーが云々と立ち話をはじめます。特に大声というわけでもなかったのでしょうが、狭い店内の事、延々と続く軽薄な語りがどうしても耳に入って気が散ります。まあ、これ以上続けるとお決まりの団塊に対する悪口になってしまうのでやめておきます。

話がずれますが、最近こうした自然な白髪の相応の年齢の女性をよく見かけるようになりました。それと、これまで2回ほど、街でベリーショートというか坊主頭の女性を見ました。私はいわゆる居職で、外に出ることが少ないし都会の生活とも無縁なので、知らないだけで、あるいはこういう人たちは増えているのかな。中山千夏さんなどが、その先駆けなのでしょうか。今、中国政府により軟禁状態にあるという劉霞さんもそうですね。いずれも、颯爽としてそれでいてごく自然な自信と意志を醸し出すお姿で、カッコよく素敵だなと思いました。誰が儲かるのか美魔女だのアンチエージングといった市井のキャンペーンに惑わされず、黒髪という根深い価値概念に抗って、今の自身の姿をひたすら肯定することから、ファッションや生き方を考えているのだと思います。ただ、それは頭ではわかっても、実際に一歩踏み出すには大変な勇気が必要でしょう。あれもはやりなのか、オッサンたちがショボい顎鬚を伸ばすのとは違います(例の加計某など、ネズミ小僧にしか見えません)。店内で、静かに本を探して開くこの白髪の、私にしたらまだ若い女性と、オレだって若い頃はガロなんか読んでいたんだぜとか言いたいだけのオッサンたちを、こうして間近で対比すると嫌になります。彼らと私なんて、傍から見れば同じひとくくりのオッサンです。気をつけたいと思います。

今や、アマゾンで本を買うのは犯罪とは言い過ぎかもしれませんが、グローバリズムに手を貸し、こうした優良な小規模小売店潰しに加担することになるのは確かです。もう本も、なるだけ図書館で借りて買うまいと思っているのですが、納品の時に、ここで買うのならいいだろうと、これもまた自分を合理化する屁理屈のようにも思います。


三月書房で、買った本は写真の3冊。合わせて6,804円で、貧乏自営業者にはかなりの散財になりますが、その本についてはまた別に。

『クレーの天使』 谷川俊太郎
『残(のこん)の月 大道寺将司句集』
『サンチョ・パンサの帰郷』 石原吉郎

お寺の建具をテーブルにしました

古いお寺の建具をテーブルにしました。幅・2000、奥行き・1400という大きなものです。

引きがとれず広角の変なパースペクティブ(遠近感)の絵ですが、お許しください。

このお寺は、以前に火事でほとんど全焼してしまったようですが、わずかに焼け残った建具をなんとか使いたいとの事でした。建具の大きさは、1950ミリx1350ミリ、框の厚みも36ミリあります。格子の桟の部分は相応に傷んでいますが、1寸2分ある肝心の框はしっかりしています。全体をテーブルの幕板に落とし込んで、その上からガラスを被せればなんとか形になるかと思いました。

ガラスは、最初8ミリを考えていましたが、それだとこの大きさ(1950×1350)で、比重を2.5とすると53kgほどになります。それで、5ミリにしたのですが、それでもガラスだけで、33kgあります。建具の下の部分に幕板をつなぐ桟を補強して、框から1分チリをとってある格子の桟の部分に、何箇所か3ミリのゴムをクッションとしてかましてあります。それと落とし込みの隙間(遊び)を極力小さくしてガラスがずれたりガタつかないように気をつけました。

木部は、買って3年乾かしたトネリコを使っています。固く粘りのある良材です。よくあるヤチダモとは強度も見た目も比較にならないほど良い材です。北米材のホワイトアッシュと雰囲気は似ていますが、木目はより上品です。ゆっくり天然乾燥したせいか、固く粘りのある材ですが、鉋はさくっとかかり気持ちがよい。楽しく仕事が出来ます。建具とお部屋に合わせてワイピングステインで、着色しています。その後、2種類のオイルで固めています。

さすがに、この大きさですと、完成品の状態では搬入が難しいと思われたので、妻手の幕板は現場で組みました。これくらいになると、ちゃちな玄能ではホゾを打ち込めないので、カケヤを使います。そうした荒っぽいやり方にも慣れた木工房またにの若森昭夫くんに今回も手伝ってもらいました。服部さん、もうこうした大きな仕事はしないと言ってませんでしたか?と言われましたが、やはりこうした妙に規格外の大きさのものとかが、ワクワクして好きなのです。それと古い部材などを転用するのも、実はかえって手がかかったりして面倒なのですが、それも好きなんだなあとあらためて思いました。そう言えば、少し前にも伐採された学校のサクラをテーブルにするというややこしい仕事をしたことがありました(「ソメイヨシノのテーブルを元の学校に納める」)。

こちらも手ブレのひどい絵ですが、カケヤを振りました手を、上に伸ばしたコンデジ撮りです(シャッター速度・1秒)。お許しください。

お施主さんが、ガラスの下、格子の間のすりガラスの上に貝殻とかアクセサリーを載せてさっそく遊んでくれていました。